いつかの青空
「あんな場所に、もう二度と戻らなくて良いんです」二人はそう、口を揃えて言った。
パワハラ上司の、陰湿ないじめや八つ当たりに、10年間耐えてきた。
そうした日々の中で少しずつ麻痺していった心は静かに限界を迎えつつあり、ある日、パリン、と砕けてしまった。
「・・・じゃあ、死のうか」の代わりに、元来、能天気な私は、ささやかな貯金を手に「・・・じゃあ、沖縄に行こうか」と呟いた。
初めて訪れた沖縄の、見上げると眩しくて数秒と目がもたない青空や、天青石やサファイアを溶かしこんだような蒼色をした海や、暗い考えの追い付かない暑さと人々の明るさ。
そして、何より、ずっと変わらずに側にいてくれた友人の存在。
人は生きている限り、何度でもやり直しがきくことを、忘れがちになる。
だから一つでも下手をうったら「死ぬ」以外のコマンドが思い浮かばなくなる。
死ななくていい、自分の人生に一つバツを付けるくらいならゼロからやり直さないといけない、なんて思いつめなくていい。
間違えたと思ったら最小限の荷物を持って、その選択が最善でなくても、上向きでなくても、やり直せる場所からとりあえず一歩、歩き出せばいい。
「申し訳ございませんが、私は、辞職しようと思っております。だけど、引き継ぎだけはきちんとしたいので、その前に一度、あの職場へ戻ろうと考えております」
私がこの半年間で出した答えは、こうだった。前の職場に一旦でも戻ることで自分の症状が悪化しても、これまでの恩義を思ったら、致し方ない、そう、決心した上でのものだ。
だけど、面接に来てくれていた派遣元の上司二人の答えは、こうだった。
「休職期間を終えたら申し訳ないですが、一度、退職されて、私たちの新しい店舗ができるまで待っていてください。キャリアはゼロにはなりますが、給与も待遇もなるべく以前通りになるよう調整します。前職場の始末の心配はいりません。本当に、もうなにも心配しなくていいんです。貴女は、あんな場所に、もう二度と戻らなくて良いんです」
正社員から派遣社員へ、マイナスからの再スタート。だけど、気分はとても楽になった。
「また一緒に働いてください。だけど、あの場所には二度と戻らなくていい。件のパワハラ上司には、もう、近づけさせません」
そう、はっきりと断言してくれた派遣元の上司たちの言葉を、今は頼りにしていこうと思う。
面接室を出て、見上げた初冬の空は重く曇っていたが、私の目は、その雲の隙間から小さく覗く、無垢な青空を見つめている。